屋久島

縄文杉・ワンデイ・ピストン:October 28 - 30, 2013

木々で覆われた森の天井と緑の絨毯。

たまに横切る沢の水。

それぞれの持つエネルギーが強くぶつかり合いながら、もの凄いパワーのあるハーモニーが出来上がり、創造・維持・破壊というリズムが繰り返され、本来あるべきゆらぎの姿が存在する。

ユニバーサルとパーソナルの相互を改めて考えさせられる 。

屋久島の森。


澄んだ河に映る、美しい地球の姿に惹き込まれる。

自分の立つ足下に、宝石のような美しい大地に息をのむ 。


夜空に満天の星空を眺めながら、荒川登山口を朝5時出発し闇夜の中を進む。

ライトに丸く照らされた足元の枕木が流れてゆく 。

トロッコ路がだらだらと8km程続く。


木々の合間を通り抜け、森の中を自由に飛び回り 、小川のジエットコースターに乗って、森の精霊たちは瞬間移動。

こころを澄ませば、愉快に宙を舞いながら森の中を行き来する、様々な精霊の会話が聞こえてくる。

柔らかな苔先が揺れる。

宝物の写真である。


巨大な樹洞は時空への誘い路。

かくれんぼから現れる別世界。

外から中に入っても、そこには外がある。

惟神の道を心の当たりにした。

言葉なんて出ない。


いらない。

表現出来ない。

ただ、立ち尽くすだけである 。

樹洞の天井を見上げると・・・


愛。


半端ない緑のハーモニー。



龍。



そして・・・

ヘナ・イベント

半端ない圧迫感!

大地のエネルギーが音をたてて、スワディスターナからサハスララ・・・そして天高く流れてゆく。


屋久島へ行く話があり、「行きますっ」即右手を上げていた。

何も考えず勢いで興奮していた。

入ってみたい・・・その空間に身をおいてみたかった。

2013年、10月の月末。屋久島に入った日は全て晴天に恵まれた。1年で368日は雨が降るといわれるらい屋久島にとって雨はつきものであると聞いていたので、カメラなど装備にも雨対策を中心に構えていたのだが、おかげさまでその心配も無く、フルサイズのカメラと大好きなレンズを三脚にセッティングし、マサカリ担ぐようにして不安定な山路を進んで行き、思う存分シャッターを切ってまいりました。

道中行き交う人々に「まじですか」「頑張って下さい」とお声を頂く中、思う存分シャターを切っては進んだ。

何も考えず、そのままの一心でシャッターを切ってまいりました。

この身で感じた素晴らしい空気感は私の写真のテクニックが少ない為、なかなか表現出来ておらず、またこの表記でのサイズでは、悲しいのですが私の技量では到底感動はお伝え出来ませんが、何かを感じて頂けると嬉しいです。

人は自然を壊すことは出来ても、創ることは絶対に出来ません。

自然を無視した醜いこころの集まりの街は息苦しいものです。

「慈しみ」

大好きな言葉です。


屋久島へ入る為には、一度鹿児島を経由する。

桜島を下に眺め青い海と空の境目を、プロペラの音と一緒に、噴煙の遥上を通過する。

「第2次世界大戦」

日本の20歳前後の若き男子たちが零戦に乗り、その若き特攻隊の一つしかない魂は沖縄を目指していった。

桜島を下に眺めて、何を思って向かっていたのだろう。

屋久島の帰りに知覧特攻平和会館へ趣いた。

有人誘導ミサイル攻撃の犠牲となった若者たちが遺書、手紙、辞世、絶筆など公のルートでは送ることが出来ない詰まった言葉で書き留めた数々の遺品の直筆に向き合った。

産みの母親ではない育ての母に最後まで「お母さん」と呼べなかった悔やみを詫びる言葉や、「おかあさん、おかあさん、おかあさん」と、手紙の最後に綴っている直筆には、彼らの全てが詰まっている。

誰の為に死ななければならなかったのか・・・。

ただただ、哀れで悲しくてやりきれない。

誰かがするから手伝うのではなく、誰かがしていることに「間違いだから、止めなさい」と伝えなきゃいけないのに・・・。

2度としてはならないのが、戦争である。

 

 

 

 

さいごに、このような機会に恵まれました全てに、感謝致します。

ありがとうございます。